アメリカ3万人が参加する「時間銀行」が日本の地域DXに革命をもたらす可能性〜海外先進事例の地域応用戦略〜

「価値」とは「金銭」だけではない〜シェアリングエコノミーの先駆的モデル

アメリカでは、TimeBank(時間銀行)というボランティア活動などのプラットフォームのようなシステムが古くから存在し、3万人以上が日々それぞれの「時間」を取引しているという事実をご存知でしょうか。

コミュニティでの活動や、近所関係の中での互助など、金銭的な評価がしにくい労働に対して、「時間」を用いて正当な評価を与えようという試みとして始まった時間銀行は、現在、アメリカ、中国、マレーシア、日本、セネガル、アルゼンチン、ブラジル、そしてヨーロッパを含む少なくとも37カ国に、それぞれ数十万人の会員を有する数千もの時間銀行が設立され、320万人以上が時間の取引をしている世界的な取り組みへと発展しています。

時間銀行の基本的な仕組み〜1時間=1クレジットの平等性

アメリカの公民権運動の弁護士で政治活動家のエドガー・カーン博士によって1980年に創設された現代の時間銀行システムは、シンプルながら革新的な仕組みです。

アメリカにおける時間銀行の基本的な仕組み

TimeBanks USA(registered 501c3団体、日本でいうNPO法人)の創始者であるコロンビア特別区大学ロースクールの教授Edgar Cahnによると、システムの核心は以下の通りです:

  • 他のメンバーに対して行った1時間の仕事に、1クレジットが報酬として与えられる
  • その1クレジットは、他のメンバーに1時間の仕事を依頼する際に使える

自分の1時間を誰かのために使用(貯金)し、将来必要になった時に1時間分のサービスを受ける(引き出す)という、時間銀行という言葉通りのシステムです。

重要なのは、提供するサービスの内容に関わらず、1時間は常に1時間として評価されるという平等性。弁護士の法律相談も、高校生の草取りも、おばあちゃんの手料理も、すべて同じ「1時間=1クレジット」として扱われます。

アメリカ全土に広がる300の時間銀行〜デジタル基盤が支える運営

アメリカには、全土に300もの時間銀行が存在する。それぞれの時間銀行は、15人程度のメンバーで成り立っているものから、3000人のメンバーを抱える「メガバンク」まで存在し、それぞれの銀行に所属するメンバー間で「時間」の交換が行われている状況です。

システム開発の観点から見たデジタル基盤の重要性

最近では、個人が貯めた時間を記録・追跡・共有することを、より効率的にするオープンソースのソフトも開発されている。これにより、時間銀行を設立するのにかかるコストが大幅に削減できる他、貯蓄された「時間」を銀行間で移動することも可能になるのです。

TechTimeのシステム開発事業の観点から見ると、この発想は非常に重要です。アメリカではTimeBanks USAがCommunity Weaverというソフトを提供、イギリスでもTimebanking UKといういわば"時間銀行協会"的な団体がTime-ON-Lineという無料の管理ソフトを提供しているように、プラットフォームの標準化が普及の鍵となります。

クラウド基盤活用による持続可能性の確保

TimeBanks USAが提供するソフトの重要な点は、自分が今がんばって「時間」を貯めても、将来そのクレジットを使用したくなった時に、その時間銀行がなくなっていてクレジットを使えない、というリスクを軽減できる点にあるという課題解決は、TechTimeのクラウド事業でも重視している継続性・可用性の考え方と共通しています。

地域コミュニティ活性化の具体事例〜ロサンゼルス郡の成功モデル

実際の運営事例として、ロサンゼルス郡に位置するアロヨ・セコというワインの産地でも知られる地域で活動している時間銀行で、そのメンバーは現在約600人。記事執筆時点では、これまで44,606時間もの交換が行われたARROYO S.E.C.O. NETWORK OF TIME BANKSがあります。

地域の互助機能を果たすプロジェクト展開

タイムバンクのプラットフォームと合わせて、地域の人々の繋がりや、個々人が持っているスキルを活かしたプロジェクトが様々進行している点が注目されます。

特に興味深いのは「REPAIR CAFE」の取り組みです。洋服、家具、電化製品、バイクなどが故障した場合に、スキルを持った人が"Time Dollars"と引き換えに修理をしてくれるという試みで、日頃からちょっとした地域での人助けや、ボランティア活動を行うことで「時間」を貯金しておけば、様々なものを無料で修理してもらえるシステムが機能しています。

オランダ・ハーグでの地域通貨化事例〜ヨーロッパ型アプローチ

ヨーロッパでも時間銀行の取り組みが進んでいます。オランダのハーグで生まれた「Timebank cc.」は、人々が貨幣の代わりに自分の「時間」を使って見知らぬ人とサービスを売買できるプラットフォームとして機能しています。

1時間の仕事を提供することで「1 Timebank Hour」が得られ、この「1 Timebank Hour」を使うことで誰かに1時間の仕事を依頼することができる。ピアノの調律やウェブサイトの開発など、お互いが得意分野を活かしてお金を介さずに助け合うことができる事例として、地域経済の新しい可能性を示しています。

日本での時間銀行導入の可能性と課題

調べていくと、日本でも福祉の現場で時間銀行のシステムを導入しているNPOがあることが分かったという報告がありますが、具体的な団体名や詳細な運用実績については確認できていない状況です。

また、2021年にはクラウドファンディングで「日本初の時間銀行設立」を目指すプロジェクトも立ち上がっており、日本でも時間銀行への関心が高まっていることが伺えます。

日本の地域課題への適用可能性

少子高齢化によって、介護施設不足、介護の担い手の不在、高齢者の孤立等といった問題が深刻化している中、時間銀行はまさにそうした課題を解決する「仕事」を評価するのに役立つシステムとしての可能性を持っています。

日本の地域における時間銀行の可能性

海外の事例を見ると、時間銀行は単なるボランティアのマッチングシステムを超えて、地域コミュニティの社会関係資本を再構築する効果を持っています。

地域課題への適用可能性

人口減少・高齢化への対応 アメリカの事例では、高齢者が持つ豊富な知識や経験を若い世代に伝える機会が自然に生まれています。修理技術、料理、園芸など、従来は家族内で受け継がれていた知識が、時間銀行を通じて地域全体で共有されるようになっています。

地域経済の活性化 オランダ・ハーグの「Timebank cc.」の事例では、ピアノの調律やウェブサイト開発など、専門的なスキルから日常的なサービスまで、お金を介さない価値交換が地域内で活発に行われています。これにより、地域内での経済循環が促進されています。

コミュニティの再生 ロサンゼルス郡のArroyo S.E.C.O.の事例では、600人のメンバーが44,606時間もの交換を行い、「REPAIR CAFE」のような地域プロジェクトが自然発生的に生まれています。

「みんなが何かしらの専門家」という発想〜地域資源の再発見

アメリカにおける時間銀行のコンセプトは、「みんなが何かしらの専門家」ということに立脚している。ギターが得意な人もいれば、掃除が好きな人、犬の散歩が好きな人、お年寄りと話すのが好きな人など、世の中には様々な得意分野を持った人がいるので、共通のプラットフォームによって時間の取引を容易にすれば、ちょっとしたスキルでも取引が成立するようになるという考え方は、日本の地域DXにとって重要な示唆を与えます。

DX支援の観点から見た地域資源活用

従来の地域振興では見落とされがちな住民の多様なスキルを、デジタルプラットフォームによって可視化・活用することで、新しい価値創造が可能になります。

日本での実装を考える上での課題

文化的な違い

日本では「お金を介さない取引」に対する文化的な抵抗感があることが予想されます。「お世話になったらお返しをする」という互酬性の文化は存在しますが、それを明示的にシステム化することへの心理的ハードルがあるかもしれません。

技術的な課題

高齢者のデジタル格差や、既存の地域組織(町内会、自治会など)との関係性をどう調整するかという課題があります。アメリカではオープンソースのソフトウェアが普及を支えていますが、日本の場合は多言語対応や地域特性への配慮が必要になるでしょう。

法的・制度的な課題

労働基準法や税制との関係、保険の適用範囲など、法的な整理も必要になる可能性があります。

時間銀行が示す新しい価値観

「みんなが何かしらの専門家」というアメリカの時間銀行の発想は、日本の地域社会にも重要な示唆を与えます。

ギターが得意な人もいれば、掃除が好きな人、犬の散歩が好きな人、お年寄りと話すのが好きな人など、世の中には様々な得意分野を持った人がいます。共通のプラットフォームによって時間の取引を容易にすれば、ちょっとしたスキルでも価値ある交換が成立するようになるはずです。

これは従来の経済システムでは評価されにくい「ケア労働」や「コミュニティ活動」に新しい価値を与える可能性を持っています。

まとめ〜時間銀行が示す新しい地域社会の可能性

世界37カ国で320万人以上が参加している時間銀行は、「時間」を通貨として地域の相互扶助を再構築する革新的な仕組みです。

アメリカでは3万人が参加し、300の時間銀行が運営されている実績があり、オランダ・ハーグでは地域通貨として機能しています。これらの事例から見えてくるのは、経済効率性だけでは測れない「人とのつながり」という価値の重要性です。

ロサンゼルス郡の事例では、時間銀行が「いわばタイムバンキングシステムを基礎とする地域の互助団体ともいうべき機能」を果たしており、単なるサービス交換を超えて、地域コミュニティの再生に貢献しています。

日本においても、人口減少・高齢化・コミュニティ希薄化という課題に対して、時間銀行は新しい解決策を提供する可能性を持っています。重要なのは、海外の成功事例から学びながら、日本の地域特性に合わせた仕組みづくりを進めることです。

子育て、家族の維持、近所の活性化、環境の保全など、金銭的な評価を与えることが難しいが、きわめて重要な「仕事」に対して、時間銀行は新しい価値評価の枠組みを提供します。「みんなが何かしらの専門家」という発想のもとで、地域の潜在的な資源を活用する可能性を示唆しています。

参考資料:

TechTimeは、時代の変化を見据え、企業と人々の有限な時間を最大限に価値あるものへ変える「 Time × Tech 」のITパートナーです。ITインフラ構築からアプリケーション開発、保守運用、AI活用、セキュリティ対策まで包括的にサポート。地域企業の独自の強みを最新技術で増幅し、地理的制約を超えたビジネス展開を実現します。