製造業様のクラウド移行プロジェクトから学んだ、中小企業での現実的なクラウド化アプローチ

先日、従業員160名程度の製造業のお客様からクラウド移行についてご相談をいただきました。「自社サーバーの老朽化が進んでいるが、全面的な刷新には予算的な制約もある。段階的にクラウドに移行できないか」というお話でした。

このようなご相談は最近増えており、中小企業でのクラウド化への関心の高まりを感じています。今回のプロジェクトを通じて学んだ、現実的なクラウド移行のアプローチについて共有したいと思います。

お客様の課題と背景

このお客様が抱えていた課題は、多くの中小企業に共通するものでした。

導入から8年が経過したサーバー機器の保守費用が年々増加しており、特にハードウェア障害時の部品調達が困難になっています。災害対策についても「データのバックアップは取っているが、システム全体の復旧にどれくらい時間がかかるか分からない」という不安を抱えておられました。

技術的な課題としては、Windows Server 2008 R2で稼働している基幹システムがあり、サポート終了への対応も急務でした。しかし、一度に全システムを刷新するには予算的な制約があるため、段階的なアプローチが必要な状況だったのです。

技術的検討と提案アプローチ

クラウドプロバイダーの選択

お客様の要件を整理した結果、以下の点を重視してクラウドプロバイダーを検討しました。

まず重要だったのは、既存システムとの互換性です。Windows環境で構築されたシステムが多かったため、Windowsのライセンス体系や移行ツールが充実しているプロバイダーが有利でした。

段階的移行を前提としていることから、従来のオンプレミス環境とクラウド環境を一時的に併存させる必要もあります。この点で、ハイブリッド構成のサポートが充実していることも重要な選択基準となりました。

最終的にMicrosoft Azureをご提案いたします。既存のMicrosoft製品との親和性が高く、お客様の社内でもActive DirectoryやOffice 365の利用経験があったため、運用面でのハードルが比較的低いと判断したためです。

段階的移行戦略の設計

全システムを一度に移行するリスクを避けるため、3段階でのアプローチを設計しました。

第1段階では、業務への影響が比較的少ないシステムから移行を開始します。具体的には、ファイルサーバー、メールシステム、そして勤怠管理システムです。これらのシステムは、万が一移行時に問題が発生しても業務停止につながるリスクが低く、クラウド環境での動作検証にも適していました。

第2段階では、基幹系システムの移行を計画しました。顧客管理システムと会計システムが主な対象でしたが、これらは業務の中核を担うシステムのため、特に慎重なアプローチが必要となります。

第3段階として、製造実行システム(MES)の移行を計画しました。これは最もミッションクリティカルなシステムであり、製造ラインに直接影響するため、他のシステムでの移行経験を積んでから実施することにしたのです。

プロジェクト実施過程での工夫

第1段階:基盤構築と初期移行

ファイルサーバーの移行では、Azure Files を使用しました。オンプレミスのWindows環境からシームレスにアクセスできる点が評価されます。移行作業は夜間・休日に実施し、社員の皆様には翌朝から新しい環境を使用していただく形になりました。

想定していなかった課題として、ネットワーク帯域の問題がありました。大容量ファイルのアップロード時に通常業務に影響が出ることが分かったため、Azure ExpressRoute の導入を検討しましたが、コストを考慮して段階的な移行スケジュールの調整で対応することになりました。

メールシステムについては、Exchange Online への移行を行いました。これまでオンプレミスのExchange Server を使用されていましたが、移行後は保守の手間が大幅に軽減されています。お客様からは「メールの動作が軽くなった」という評価をいただきました。

第2段階:基幹システムの慎重な移行

基幹系システムの移行では、Azure Virtual Machines を使用して既存環境をできるだけ忠実に再現する方針を取りました。アプリケーションの大幅な改修を避けることで、移行リスクとコストの両方を抑制できます。

データベースについては、SQL Server on Azure VM を選択しました。Azure SQL Database も検討しましたが、既存のアプリケーションとの互換性を重視した結果です。移行作業では、Azure Database Migration Service を活用し、ダウンタイムを最小限に抑えることができました。

この段階で最も神経を使ったのは、データの整合性確保でした。移行作業中も業務は継続する必要があったため、差分データの同期方法について入念に検討しました。最終的に、週末の業務停止時間を利用して最終同期を行い、月曜朝から新環境での運用を開始する方式を採用することになりました。

第3段階:製造システムの移行

製造実行システムの移行は、最も慎重に進めました。製造ラインに直接関わるシステムのため、システム停止は即座に生産停止につながります。

このシステムでは、既存の制御系機器との通信が重要な要素でした。オンプレミス環境では直接的なネットワーク接続でしたが、クラウド環境からは VPN 接続経由でのアクセスになります。レイテンシーの影響を慎重に検証し、問題ないことを確認してから移行を実施しました。

実際の移行は、計画停電日に合わせて実施しました。もともと計画されていた設備点検日を活用することで、追加的な生産停止を避けることができたのです。

移行完了後の効果と課題

運用負荷の軽減は、お客様にとって大きなメリットとなりました。これまで社内のIT担当者1名が全てのサーバー保守を担当していましたが、クラウド移行により日常的な保守作業が大幅に軽減されています。

災害対策についても大幅な改善が実現されました。従来は週次でのテープバックアップでしたが、クラウド環境では日次の自動バックアップが実行されています。また、地理的に離れた場所にデータが保管されるため、局所的な災害に対する耐性も向上しました。

想定以上だった効果

予想以上の効果として、システムのパフォーマンス向上がありました。特に月末の売上集計処理について、従来は半日程度かかっていた処理が2時間程度で完了するようになりました。これは、クラウド環境でのCPUやメモリリソースが従来環境より充実していたことによるものです。

また、リモートアクセス環境の改善も大きな副次効果でした。コロナ禍でのテレワーク需要に対して、従来のVPN環境では同時接続数に限界がありましたが、Azure AD とのシングルサインオンにより、スムーズなリモートアクセスが実現されています。

運用上の課題と改善

一方で、予想していなかった課題もありました。

最も大きかったのは、月額費用の変動性への適応です。従来の固定的な保守費用と異なり、使用量に応じて費用が変動するため、月次での予算管理方法を見直す必要がありました。これについては、Azure Cost Management を活用した費用監視体制を構築し、予算超過のアラート設定を行うことで対応しています。

また、クラウド特有の設定項目の多さに、当初は戸惑われることもありました。特にセキュリティ設定については、適切な設定を見つけるまでに時間がかかりました。この点については、定期的な設定見直し会議を設けることで継続的な改善を図っています。

プロジェクトから得られた知見

段階的アプローチの重要性

今回のプロジェクトを通じて、段階的アプローチの有効性を改めて実感しました。技術的なリスク分散だけでなく、お客様の組織内での理解促進にも大きく寄与したのです。初期段階での成功体験により、後続の移行段階での社内理解を得やすくなったのは大きなメリットでした。

特に重要だったのは、各段階で十分な検証期間を設けたことです。急いで移行を進めるよりも、各段階での安定稼働を確認してから次に進むことで、全体的なプロジェクトリスクを大幅に軽減できました。

既存環境との親和性重視

技術選択において、新しい技術の導入よりも既存環境との親和性を重視したことも成功要因だったと考えています。最新のクラウドネイティブ技術を活用すれば、より高い効果が期待できたかもしれませんが、移行リスクとコストを考慮して保守的な選択をしました。

お客様の組織規模や技術リソースを考慮すると、この判断は適切だったと思います。段階的に技術レベルを向上させていく方が、持続可能な運用につながると考えています。

運用体制の重要性

技術的な移行と同じくらい重要だったのが、運用体制の構築でした。クラウド環境では従来とは異なる運用ノウハウが必要になるため、移行と並行して運用担当者のスキル向上も図りました。

Microsoft の認定資格取得支援や、定期的な技術相談会の実施により、お客様の自律的な運用能力向上をサポートしています。外部ベンダーに依存しすぎない運用体制の構築が、長期的な成功につながると考えています。

同様の課題を持つ企業様への示唆

このプロジェクトの経験から、同様の課題を抱える中小企業様にいくつかの示唆をお伝えできればと思います。

まず、完璧を求めすぎないことが重要です。最適なクラウド設計を追求するよりも、現実的で実現可能なアプローチを選択することで、確実な成果につなげることができます。

また、社内の理解促進に十分な時間をかけることも大切です。技術的な移行作業と並行して、利用者への説明や研修を丁寧に行うことで、移行後の運用がスムーズになります。

費用面については、初期投資だけでなく継続的な運用費用も含めた総合的な評価が必要です。クラウドの変動費用モデルに適応するための体制整備も、プロジェクトの一部として計画に含めることをお勧めします。

おわりに

中小企業でのクラウド移行は、技術的な課題だけでなく、組織的な変革も伴う取り組みです。今回のプロジェクトでは、段階的なアプローチにより技術的リスクを最小化しながら、お客様の事業継続性向上と運用効率化を実現することができました。

お客様からは「想像していたよりもスムーズに移行できた」「日常の運用負荷が大幅に軽減された」という評価をいただいており、プロジェクトとしては成功だったと考えています。

同様の課題を抱える企業様のお役に立てるよう、今回の経験で得られた知見を今後のプロジェクトにも活かしていきたいと思います。

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