「離婚手続き以外はぜんぶオンライン」の国エストニアに学ぶ:日本の地方都市でも実現できる住民が感動する行政サービス

はじめに:地方自治自治体におけるデジタル化の取り組みは年々進んでいますが、デジタル化を進めるうえでの障壁は、3年連続「人材不足」となりました。「庁内に最適な人材がいない(31%)」と「予算化が難しい(30%)」が主要な課題として挙げられています。

特に、感染拡大以降は、我が国の教育や行政といった公的部門のIT化の遅れが明るみとなった。実際、OECDによる各国調査では、我が国における行政手続きのオンライン化の進展度は30か国中で最下位となっており、公的部門のIT化を加速させる必要性が強く認識されています。

一方で、世界には人口132万人という小国でありながら、世界最先進の電子政府システムを構築した国があります。それがエストニアです。そのエストニアの成功要因を分析し、日本の地方自治体でも実現可能な形で応用した事例をご紹介します。

エストニア電子政府システムの本質とは

小さな国だからこそ実現できた大きな変革

エストニアは人口約132万人、面積は日本の約9分の1程度の4.5万平方キロメートルの小国でありながら、世界最先進の電子政府システムを構築しています。この小さな国で何が起きているのか、実際にエストニアで暮らす人々の声を聞いてみましょう。

エストニア人が語る「普通の生活」の驚き

エストニア人で、e-Residency公式パートナーであるEstLynx社CEOのポール・ハッラステさんは、日本での体験をこう語ります。

「行政手続きは面倒ですね。例えば、最近体験したことで言えば、引っ越しをするときに、住んでいた場所と引っ越し先の両方で役所の窓口に行き手続きする必要がありました。エストニアなら、結婚、離婚、不動産の手続き以外は全部オンラインでできます」

さらに驚くのは出産時の手続きです。「子供が生まれたとき、エストニア人は家に帰って自分のIDのマイページにログインします。そこにはすでに病院から出産データが届いているので、子どもの情報のところに名前を入力します。すると、国のデータに同期されて子どもの登録が完了します」

数字の向こうにある人間の時間

この基盤のおかげで、昨年だけで国民の約800年分の労働時間を削減できたという数字の向こうには、一人ひとりの「時間を取り戻した」実感があります。約95%の人がオンラインで行う税申請は、5分ほどしかかかりません。

なぜ離婚だけは紙でするのか?

「真剣に考えた上で判断することなので、オンラインのみでできないことになっています。例えば、酔っぱらった勢いで夫婦げんかで離婚してしまうことがありえます(笑)。それ以外はほぼ電子化されています」

この話には、技術優先ではなく、人間の感情や重要な人生の決断への配慮が込められています。完全デジタル化ではなく、本当に必要なところには「間」を置く智恵がここにあります。

実例:日本の自治体での挑戦と発見

加古川市:「最善を尽くす」という信念

兵庫県加古川市のスマートシティ推進担当課長、多田功氏は地方公務員としてコロナ禍で前代未聞の状況に直面しました。特別定額給付金の支給をスムーズにするため、「他自治体もそうしているから、という空気に左右されず最善を目指したこと」が成功の鍵でした。

郵送で戻された申請書にあるバーコードを読み取れば、あとは銀行口座のみ入力すればいいシステムを作り、処理の迅速化につなげました。「ノーコードツールでシステムを開発するスキルがあったこと」も重要でしたが、それ以上に「最善を尽くす」という想いが技術を動かしたのです。

仙台市:「できることはすぐ実行」の精神

人口108万人の仙台市が掲げた「デジタル化ファストチャレンジ」。この取り組みの背景には、「市民の安全安心や利便性の向上」への切実な想いがありました。

DXを「単なる新しいデジタル技術の導入ではなく、制度や政策、組織の在り方等を新技術に合わせて変革し、地域課題の解決や社会経済活動の発展を促すこと」と定義した仙台市。技術導入ありきではなく、市民の暮らしを良くするための手段としてデジタル化を位置づけました。

米原市:住民の声に耳を傾ける姿勢

人口3.8万人の滋賀県米原市では、防災システムのデジタル化で24億円の予算を10.6億円に削減しました。しかし、単なるコスト削減以上に大切にしたのは住民との対話でした。

市民部防災危機管理課の野田峰史氏は振り返ります。「導入前から現在まで、防災情報伝達システムに関する説明会を開催してきましたが、NTTデータ関西の担当者が同行してくれたのは心強かったですね。みなさんの意見を採り入れながら、まさに地域密着型のサポートで、米原市に最適な防災情報伝達システムを作り上げてくれました」

当初の計画にはなかった「電話で聞き直しができるシステム」を住民の声を受けて新たに追加。システムありきではなく、住民の不安に寄り添う姿勢が成功への道筋でした。

日本の地域自治体DXの現状

一方、日本の地方自治体では厳しい現実があります。デジタル化を進めるうえでの障壁は、3年連続「人材不足」となりました。また、「庁内に最適な人材がいない(31%)」と「予算化が難しい(30%)」が主要な課題として挙げられています。

自治体におけるデジタル化の促進に向けて、ノウハウや内部人材の不足が障害となるケースが多いことに加えて、地域住民のデジタル化に対する期待値が低い自治体ほど進捗が遅い傾向も報告されています。

段階別導入プラン

仙台市(人口108万人)は「デジタル化ファストチャレンジ」として、"できることはすぐ実行"という考えの下、以下の取り組みを段階的に実施しました

第1段階:窓口手続のデジタル化

  • 押印の廃止、添付書類の簡素化
  • キャッシュレス決済の導入
  • マイナンバーカード対応システムの導入

第2段階:デジタルでつながる市役所

  • オンラインでの子育て相談システム
  • 市民対応にモバイル端末の活用
  • 24時間受付可能な申請システム

第3段階:市役所業務の改善

  • WEB会議システムの活用
  • AI・RPAの導入による業務自動化
  • データを活用した政策立案支援

日本の地域特性への適応策

エストニアとの違いと対応方法

課題エストニア日本の地方都市実際の対応策事例
デジタル慣れ国民の98%がeIDカード保有高齢者のデジタル格差加古川市:住民説明会の開催、電話での聞き直しシステム追加
システム統一国家規模での統一ID自治体ごとの個別システム仙台市:段階的統合、既存システムとの並行運用
予算規模国家予算での推進限られた自治体予算米原市:24億円→10.6億円に事業費を半減
法的制約EU規制準拠日本の個人情報保護法法的要件を満たす最小機能での開始

文化的適応のポイント

高齢者への配慮 米原市では、デジタル申請と並行して従来の窓口対応も継続。防災情報伝達システム導入時に、住民説明会を開催し、「高齢者や聴覚に障がいをお持ちの方にとって、文字での情報配信は音声以上に重要」として理解を促進しました。

住民との合意形成 加古川市では導入前から継続的に説明会を開催し、住民の意見を採り入れながら「地域密着型のサポート」でシステムを構築。見守りカメラの設置についても市民との間に合意形成を図ることで成功しました。

具体的な導入ステップガイド

Step 1:現状を見つめ直す(1ヶ月)

  • 現在の手続き業務で、住民の方が何度も足を運んでいるものはないか?
  • 職員が「これは無駄だな」と感じている作業はないか?
  • 住民から「もっと簡単にならないの?」と言われる手続きは?
  • 夜間や休日にも対応できたら助かる業務は?

Step 2:小さな実験から始める(2週間)

米原市の防災システムのように、いきなり完璧を目指さず、住民のニーズに応えながら段階的に改善していく姿勢が重要です。

  1. まず一つの手続きから:仙台市のように押印廃止から始める
  2. 住民の反応を聞く:加古川市のように説明会で意見を集める
  3. 改善を重ねる:米原市のように住民の声で機能を追加

Step 3:信頼関係を築きながら拡大(3〜12ヶ月)

エストニアでは「透明性以外に電子政府の信頼を構築していく術はない」とされています。日本の自治体でも同様に、住民との信頼関係が何より大切です。

  • 住民説明会は「説得の場」ではなく「一緒に考える場」に
  • 従来の方法も残しながら、新しい選択肢を提供
  • 職員自身が「便利になった」と実感できる変化から始める

想定される課題と向き合い方

「でも、うちは人もお金もないから」という声に

米原市の事例が示すように、限られた予算でも工夫次第で大きな成果は得られます。大切なのは

  • 完璧を求めず、改善を積み重ねる
  • 住民の声に素直に耳を傾ける
  • 職員の「なんとかしたい」想いを大切にする

「高齢者がついてこられない」という心配に

エストニアでも最初から全員がデジタルに慣れていたわけではありません。米原市のように、住民の不安に寄り添いながら、文字での情報提供など、より多くの人に配慮したシステムを作ることで解決できます。

「失敗したらどうしよう」という不安に

加古川市の多田氏のように「他自治体もそうしているから、という空気に左右されず最善を目指す」姿勢こそが、真の成功への道です。小さな実験から始めれば、大きな失敗のリスクは避けられます。

成果と今後の展望

導入1年後の成果

仙台市の成果例

  • 窓口手続きのデジタル化により利便性向上
  • オンライン申請の大幅な増加
  • 職員の業務効率化により住民対応時間の確保

加古川市の成果例

  • 日本DX大賞 行政機関部門「マイクロソフト賞」受賞
  • 市民参加型合意形成プラットフォーム「加古川市版Decidim」が評価
  • 見守りサービスで市民の安全・安心向上

米原市の成果例

  • 防災情報伝達システムのコストを従来の半分以下に抑制
  • 住民カバー率の向上と双方向コミュニケーションの実現
  • 高齢者や聴覚障がい者への情報提供手段の多様化

今後の展開計画

短期目標(今後1年)

  • 申請可能手続きを50種類に拡大
  • 近隣3市町村との連携システム構築
  • AI活用による業務自動化の推進

長期ビジョン(今後5年)

  • 地域独自のスマートシティ化
  • 住民参加型の政策決定システム
  • 関係人口創出のためのデジタルプラットフォーム構築

あなたの地域でも実現可能:まず一歩を踏み出すために

今日からできる「気づき」の第一歩

  • 仙台市職員のように「市民の安全安心や利便性の向上」を最優先に考えてみる
  • 自分が住民だったら、どの手続きが一番面倒に感じるか想像してみる
  • 高齢のご両親に「市役所の手続きで困ったこと」を聞いてみる
  • 加古川市のように「最善を尽くす」ために、今の業務で改善したい点を率直に話し合う
  • 「これって本当に必要?」と疑問に思っている作業を洗い出す
  • 忙しい中でも「住民の方のために」と思える瞬間を共有する
  • 米原市のように住民の声に耳を傾ける説明会を一度開いてみる
  • エストニアの「5分で税申告」のように、一つの手続きを劇的に簡単にする方法を考える
  • 「今まで通りの方法も使える」安心感を提供しながら新しい選択肢を追加

エストニアが教えてくれる「本質」

エストニアの元大統領が語った「誰もが平等な競争条件にありました」という言葉は、今の日本の地方自治体にも通じるものがあります。大都市も小さな町も、住民の幸せを願う気持ちに違いはありません。

技術は手段であって目的ではない。エストニアが800年分の労働時間を削減できたのは、その時間を住民のために使いたいという想いがあったからです。

予算がなくても、人がいなくても

米原市が24億円を10.6億円にした話は、予算の制約が創意工夫を生む証拠です。加古川市の多田氏がノーコードツールで成果を上げたように、今では専門知識がなくても使える技術がたくさんあります。

大切なのは「完璧なシステム」ではなく、「住民の方が少しでも楽になる」変化を起こすことです。

支援制度の活用

  • デジタル田園都市国家構想交付金
  • 地方創生推進交付金
  • 各省庁のDX推進補助金
  • 総務省「自治体DX推進計画」相談窓口
  • 地域情報化アドバイザー制度
  • 都道府県のDX推進課

まとめ:地域だからこそ実現できるDXの価値

エストニアから学ぶ「人間らしいデジタル化」

エストニアで離婚だけは対面で行う理由を聞いたとき、私たちは技術の向こうにある人間への配慮を感じました。完全なデジタル化ではなく、人生の重要な場面では「立ち止まって考える時間」を大切にする。この姿勢こそが、真の住民目線のDXです。

子どもが生まれたとき、病院からのデータが自動的に届いている仕組み。そこには新しい生命への祝福と、親の負担を少しでも軽くしたいという想いが込められています。技術は冷たいものではなく、人への優しさを形にする道具なのです。

日本の自治体職員が見せてくれた「最善を尽くす」姿勢

加古川市の多田氏が「他自治体もそうしているから、という空気に左右されず最善を目指した」という言葉。米原市の野田氏が住民の声に耳を傾けながら「地域密着型のサポート」でシステムを作り上げた経験。仙台市が掲げた「できることはすぐ実行」の精神。

これらすべてに共通するのは、住民の暮らしを少しでも良くしたいという純粋な想いです。予算や技術的な制約があっても、この想いがあれば道は開けます。

小さな地域だからこその強み

人口132万人のエストニアが世界を驚かせたように、小さな地域には大きな地域にはない強みがあります。住民との距離の近さ、迅速な意思決定、職員一人ひとりの顔が見える関係性。

米原市の住民説明会で、職員と住民が一緒になって最適なシステムを作り上げた話。加古川市で市民参加型のプラットフォームが生まれた話。これらは大都市では実現が難しい、地域ならではの協働の形です。

始まりはいつでも「小さな一歩」から

エストニアも最初から完璧だったわけではありません。1991年の独立から30年以上かけて、少しずつ今の姿を築き上げました。日本の自治体も、今日の小さな改善が10年後の大きな変化につながります。

住民の方から「ありがとう、楽になった」と言われる瞬間。職員が「この仕事をやってて良かった」と思える瞬間。そんな小さな喜びの積み重ねが、本当のDXの価値です。


参考資料・根拠URL

エストニア電子政府に関する基本情報

日本の自治体DXの現状と課題

実際の自治体DX事例


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