神山町サテライトオフィス革命:築90年古民家から生まれた地域×都市融合DXモデル

神山町サテライトオフィス革命:築90年古民家から生まれた地域×都市融合DXモデル

徳島県神山町は人口5000人の山間部でありながら、東京のIT企業Sansanの神山ラボを皮切りに16社のサテライトオフィスが集積し、「地方創生の聖地」として注目される地域×都市融合DXの成功モデルとなった。築90年の古民家を改修したオフィスから、企業の働き方改革と地域活性化の両立を実現している。

「『うちの町なんて何もない』と言っていた町長が、3年後に『移住希望者が殺到して困ってる』と笑顔で話してくれました」

人口5000人ちょっとの小さな山間部の町、徳島県神山町。高齢化率は約50%に達し、典型的な過疎化地域だったこの町が、今や全国の自治体や企業から視察が絶えない「地方創生の聖地」として知られている。

なぜ山奥の小さな町に、東京や大阪の最先端IT企業が続々と拠点を構えるようになったのか。その背景には、地域と都市の価値観が融合した、新しいDXモデルの誕生があった。

「ピンチをチャンス」に変えた光ファイバー革命

神山町の変革は、一つの技術的な「偶然」から始まった。徳島県は2000年代から光ファイバー網の整備を推進し、その普及率は全国1位を誇る。

徳島県では、地上デジタル放送への移行の際、アナログ放送時には10チャンネル視聴できたものが、地上デジタル放送では放送法のとおり3チャンネルしか視聴できなくなるという大ピンチが到来した。その対応として、「ピンチをチャンス」に、全家庭をケーブルテレビで結ぶ「全県CATV網構想」を打ち出した。

結果として、神山町では山奥でもWi-Fiが飛んでおり、通信速度は東京都心の数倍のスピードを誇るという、地方には珍しい恵まれたITインフラ環境が整った。

この光ファイバー網が、後に神山町をIT企業のサテライトオフィス集積地へと変貌させる技術的基盤となったのである。

Sansanの神山ラボ:先駆者が切り開いた新しい働き方

サテライトオフィス集積の先駆けとなったのは、名刺管理サービスで知られるベンチャー企業「Sansan」だった。Sansanは、同名のクラウド名刺管理サービスで業界シェアNo.1を誇る2007年設立の企業である。

本社を東京都渋谷区、支社を大阪、名古屋、福岡に構えるSansanが、なぜ人口5000人の山間の町にサテライトオフィスを設けたのか。

サテライトオフィスでは、開発者や技術者のような遠隔勤務できる社員が滞在し、Skypeなどで本社と連携しながら業務にあたる。通勤ストレスなどがなくなり、快適に働ける環境を提供することで、人材の確保と業務効率の向上を両立させたのである。

Sansanの神山ラボは7LDKの空き民家の離れを改装したスペースで、実際に"神山ラボ"で働く社員からは、とても心地よい職場であるという声が届いている。

プラットイーズの「えんがわオフィス」:古民家改修の先進モデル

Sansanに続いて神山町にサテライトオフィスを設立したのが、東京・恵比寿に本社を置く放送事業会社、株式会社プラットイーズである。

築90年の古民家を改修して作られた「えんがわオフィス」で、デジタルコンテンツサービス企画、映像メタデータ運用を担う同社が、2013年に設立したサテライトオフィスだ。

プラットイーズ代表の隅田徹氏は、神山町との出会いについてこう語る。

候補地のひとつとして高知県を訪れていた時、知人から「徳島に神山町という面白い場所がある」と紹介され、行ってみることにした。期待もせず、少し立ち寄るつもりで訪れると、地元の方たちのオープンな雰囲気、町全体を包むゆるい空気にすぐに魅了されてしまった。

現在、22人の社員が、東京・恵比寿オフィスとネットワークをつなぎながら、同じ業務を進めており、クライアントに対して都心とは変わらないサービスを提供している。

業務効率化の予想外の効果

興味深いのは、サテライトオフィスの設立が企業の業務効率化にもたらした予想外の効果である。

サテライトオフィスによって得た最大のメリットは、社員が皆、ITツールを積極的に活用し始めたことです。それにより、東京でも徳島でも、業務の効率は飛躍的に向上しましたと隅田氏は語る。

具体的には、複数のメンバー間でPCのデスクトップ画面を共有するツールを使うことで、どこにいても、相手と同じ画面を見ながら、電話で打ち合わせができるようになった。テレビ電話も活用することで、打ち合わせのためにわざわざ移動して集まって…という無駄な時間は一切なくなった。

地域コミュニティとの融合:Win-Winの関係構築

神山町のサテライトオフィス成功の秘訣は、単なる企業誘致ではなく、地域コミュニティとの深い融合にある。

地域の寛容性という土壌

四国には特有の"お遍路さんの文化"があり、ここ神山町にも十二番札所があるので十三番札所に向かう人たちがいつもまちの中を通っていた。昔からよそ者が常に往来する場所だったため、よそから来た人たちを受け入れやすい風土があったとNPO法人グリーンバレー理事の大南信也氏は説明する。

さらに、神山町では20年ほど前から小・中学校で子どもたちに外国語を教えるALT(外国語指導助手)の合宿をしたり、外国人観光客の民泊を受け入れて、毎年夏になると40人~50人の外国人が町内に滞在していた。毎年繰り返しそういう風景が続くと、地元の人たちも慣れてくるという素地があった。

多様性を受け入れる地域文化

「郷に入っては郷に従え」とは真逆の、多様な価値観をそのまま受け入れる寛容さが神山町の特徴だ。サテライトオフィスを置く企業に対して特にルールを課さず、地域参加を求めることもない。移住者がどんな商売を始めても止めることはせず、去る場合も引き留めず、一人ひとりの選択を尊重する姿勢が共有されている。

コミュニティの結束力

神山町に進出しているサテライトオフィス16社の社員は全員知っているし、その家族や恋人も知っている。地元の集まりに顔を出していると、知り合いがどんどんつながっていき、地域社会に生きていることを実感すると隅田氏は語る。

都市部とは全く異なるコミュニティの在り方が、働く人々に新しい価値観と満足感をもたらしているのである。

NPO法人グリーンバレーの戦略的アプローチ

神山町の変革の中心には、NPO法人グリーンバレーの戦略的なアプローチがあった。

アーティスト・イン・レジデンスからの発展

神山町は、「神山アーティスト・イン・レジデンス」という取り組みを1999年から行っている。これは芸術家を招聘して町に住みながら作品を創作してもらう事業だった。

同事業を手がける「NPO法人グリーンバレー」は、次にアーティスト・イン・レジデンスの経験を活かし、対象を企業とした「ワーク・イン・レジデンス」の取り組みを開始した。

段階的な成長戦略

大南信也氏は成長のスピードについて慎重な見解を示している。

もし今の神山に、いきなり200人の新たな雇用を発生させたら、変化が大きくなりすぎてまちの人たちが馴染めない状況になってしまうため、それは地域にとってプラスではない。地元の住民たちと移住者がゆっくり一緒に変化できる今ぐらいのスピードがちょうど良いと語る。

全国への波及効果:徳島県全体のサテライトオフィス戦略

神山町の成功は徳島県全体のサテライトオフィス戦略にも大きな影響を与えた。

県全体での取り組み

徳島県庁は数年前から「とくしまサテライトオフィスプロジェクト」を推進している。神山町のみならず、にし阿波地域(美馬市・三好市・東みよし町・つるぎ町)や、サーフィンで有名な美波町といった地域が、特色を活かしながらサテライトオフィスの誘致に成功している。

現在、徳島県では103社が進出(徳島市9社、鳴門市5社、小松島市2社、阿南市4社、吉野川市2社、阿波市3社、美馬市10社、三好市8社、上勝町1社、佐那河内村1社、神山町15社、那賀町3社、牟岐町1社、美波町28社、海陽町4社、松茂町1社、北島町1社、つるぎ町1社、東みよし町4社)している。

支援制度の充実

情報通信関連産業(IT企業)に対して、新規地元雇用70万円が5年間、専用回線使用料最大2,000万円も5年間の補助金を享受できるなど、非常に手厚い補助金制度が充実している。

地域DXの新しいモデル:デジタル技術と地域文化の融合

神山町の事例は、単なるサテライトオフィス誘致を超えた、地域DXの新しいモデルを提示している。

持続可能な地域活性化

2015年度の視察数は388団体、2619人に上り、過去最多となったように、神山町は全国の自治体から注目される存在となった。

サテライトオフィスの誘致は、過疎化の進む自治体にとって空き家を活用できるうえ、税収の増加にもつながる。また、企業にとってもメリットを享受でき、自治体と企業がWin-Winの関係で結ばれる。

人材育成の新しいアプローチ

2023年4月には「神山まるごと高専」も開校し、地域においてデジタル人材育成の新しい拠点も生まれている。

地域アプリによる課題解決

地域アプリ「さあ・くる」のリリースなど、デジタル技術を活用した地域課題解決の取り組みも続いている。

今後への示唆:地域×都市融合DXの可能性

神山町の成功事例は、日本の地域×都市融合DXに重要な示唆を与えている。

技術インフラの重要性

光ファイバー網があったからこそ、サテライトオフィスは集まったし、アーティスト・イン・レジデンスは世界に向けて情報発信できたように、技術インフラの整備が全ての基盤となる。

地域文化と外部人材の融合

「価値がわからないから反対するのではなく、わからないなら任せてしまった方が良い結果を生む」という大南氏の哲学は、地域が外部の知識や技術を受け入れる際の重要な姿勢を示している。

段階的な成長の重要性

急激な変化ではなく、地域コミュニティが受け入れられるペースでの成長が、持続可能な地域活性化には不可欠である。

働き方の多様化への対応

大事なのは、自分のライフスタイルに合った環境を選べるということ。働く場所が選べる社会は、これからどんどんスタンダードになっていくという隅田氏の言葉は、今後の働き方の方向性を示している。

まとめ:地域×都市融合DXの成功要因

神山町の事例から見える地域×都市融合DXの成功要因は以下の通りである:

技術的基盤 全国トップクラスの光ファイバー網整備

地域文化 多様性を受け入れる寛容な風土

戦略的アプローチ NPOによる段階的な成長戦略

企業メリット 業務効率化と人材確保の両立

行政支援 充実した補助金制度と政策的バックアップ

「どこで踊ったって、ほれが阿波おどりじゃね」「ゼニのないヤツぁ俺ンとこへ来い。が、ホンマにある町」といった秀逸なキャッチコピーが示すように、徳島県の地域×都市融合DXは、技術と人間性、効率と文化を両立させた新しいモデルとして、全国の地方創生に重要な示唆を与え続けている。


参考資料・根拠URL

神山町サテライトオフィス基本情報

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